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福岡高等裁判所 平成4年(ネ)956号 判決

控訴人

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

橋本徹

右訴訟代理人弁護士

佐藤安哉

有吉二郎

被控訴人

村山欽一

村山公子

右両名訴訟代理人弁護士

石橋英之

関泰宏

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

次のとおり、控訴人が当審で追加した抗弁及びこれに対する被控訴人らの認否を付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目表八行目の「平成二年二月二五日」を「平成二年二月一五日」と訂正する。)。

一  控訴人が当審で追加した抗弁

1  表見代理

仮に、徳川が、被控訴人らの代理人として、被控訴人ら名義の各総合口座を開設し、本件各定期預金を担保に供することについての代理権を有していなかったとしても、右徳川の行為については、民法一一〇条の表見代理が成立する。

(一) 徳川は、被控訴人らから、本件各定期預金の預入れ及びこれに附帯する事項の処理についての代理権を与えられていた。

(二) 控訴人には、次のとおり、徳川が本件預金について払戻し、担保差し入れ等の処分行為を含む一切の権限があると信じるにつき正当な理由があった。

(1) 徳川は、本件各定期預金をする前後を通じて、自らが預金者であるように振る舞ったため、控訴人の窓口の行員は、同人を右預金の預金者あるいは預金について権限を有する者と信じていた。

(2) 徳川が、被控訴人ら名義の各総合口座を開設し、本件各定期預金をその当座貸越契約の担保とする手続に使用した印鑑は、本件各定期預金の預入の際に使用された印鑑と酷似しており、通常の銀行業務の中でこれを同一印と判断しても過失の責めを問われるようなものではなかった。しかも、徳川が右の酷似印鑑を入手するについては、被控訴人らの真正な印鑑の印影を利用しており、この点について被控訴人らに過失ないし原因に対する関与があった。

(3) 被控訴人公子は、徳川が本件各定期預金を預け入れる際に、控訴人福岡支店のロビーまで同行し、徳川の言動を確認し得る位置にありながら、同人が自ら権利者として振る舞うことを黙認し、本件各定期預金の帰属や同人の権限の内容等について明確にすることを行わず、権利の帰属を紛らわしくすることを助長若しくは黙認していた。

2  相殺と民法四七八条の類推適用

(一) 控訴人は、被控訴人らに対し、平成五年九月六日の本件口頭弁論期日において、別紙相殺債権の表示記載の各自働債権(総合口座当座貸越契約による貸付金)をもって、同表示記載の各受働債権(本件各定期預金債権)と対等額で相殺する旨の意思表示をした。

(二) 金融機関が、自己の記名式定期預金の預金者名義人であると称する第三者から、その定期預金を担保とする貸付けの申込みを受け、同人を預金者本人と誤信してこれに応じ、右定期預金に担保権の設定を受けてその第三者に金銭を貸し付け、その後、担保権実行の趣旨で右貸金債権を自働債権とし、預金債権を受働債権として相殺した場合には、少なくともその相殺の効力に関する限りは、これを実質的に預金の払戻しと同視するのが相当であるから、金融機関が、当該貸付等の契約締結に当たり、右第三者を預金者本人と認定するにつき、かかる場合に金融機関として負担すべき相当の注意を尽くしたと認められるときには、民法四七八条の規定を類推適用し、右第三者に対する貸金債権と担保に供された定期預金債権との相殺をもって真実の預金者に対抗することができ、この場合、当該金融機関が相殺の意思表示をする時点においては右第三者が真実の預金者と同一人でないことを知っていたとしても、これによって右結論に影響はないと解されるところ(最判昭和五九年二月二三日民集三八巻三号四四五頁)、本件において、控訴人には、前記1の(二)記載のとおり、徳川を本件各定期預金の預金者本人と認定するにつき過失はなかった。

二  被控訴人らの認否

右抗弁はいずれも争う。被控訴人らは、徳川に何らの代理権も与えたことはない。また、控訴人は、徳川に定期預金通帳の提示もさせず、被控訴人らに照会することもなく、徳川の言葉だけで総合口座を漫然と開設したものであり、控訴人に過失があることは明らかである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当裁判所も、被控訴人らの本件各請求は理由があると判断するが、その理由は、当審で追加された抗弁に対する判断を次に付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目表二行目の「平成二年二月二五日」を「平成二年二月一五日」と訂正し、同四行目の「証人徳川の証言」、五枚目表一、二行目の「同徳川」、同五行目の「証人尋問」の後にいずれも「(原審及び当審)」を加える。)。

1  表見代理について

控訴人は、徳川が、被控訴人らから、本件各定期預金の預入れ及びこれに附帯する事項の処理についての代理権を与えられていた旨主張する。

しかし、証人柴田由美(原審)、同木村孝子(同)、同徳川高人(原審及び当審)の各証言及び被控訴人公子本人尋問の結果(原審)によれば、被控訴人公子と徳川が、控訴人福岡支店を訪れて本件各定期預金の預入れの手続をした際、主として窓口で担当行員に対応したのは徳川であるが、被控訴人公子もその近くにいて、本件各定期預金の申込書を自ら作成するなどしたことが認められ、右事実によれば、右定期預金の預入れについて、徳川は、被控訴人公子の単なる補助者又は使者としか解することができず、また、徳川が後日、被控訴人ら名義の総合口座開設のため控訴人福岡支店を訪れた際も、徳川は被控訴人らから本件各定期預金通帳、右預入れに使用した印鑑など、代理権の授与を窺わせるようなものを全く託されておらず、他に、同人が控訴人主張のような代理権を被控訴人らから与えられていたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、控訴人の表見代理の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

2  相殺と民法四七八条の類推適用について

控訴人は、被控訴人ら名義の各総合口座の当座貸越契約に基づく貸付金と本件各定期預金債権との相殺を主張するところ、本件において右相殺が許されるのは、控訴人主張のとおり、本件各定期預金の預金者と称する徳川に対し、これを担保とする右総合口座の当座貸越契約に基づく貸付け等をするに当たり、同人が本件各定期預金の準占有者と認められることが必要であり、そのためには控訴人の担当者において、徳川が本件各定期預金の預金者本人であると認定するについて、金融機関として負担すべき相当の注意を尽くしたと認められることが必要であると解される。

(二) そこで、右の点を検討するに、〈書証番号略〉、証人木村孝子(原審)、同徳川高人(当審)の各証言及び被控訴人ら各本人尋問の結果(原審)によれば、徳川は、本件各定期預金の預入れの六日後である平成二年二月二一日に単独で控訴人福岡支店を訪れ、被控訴人ら名義の各総合口座の開設と本件各定期預金を総合口座当座貸越の担保に供するための手続を取ったこと、その際、徳川は、本件各定期預金の通帳を所持しておらず(なお、同通帳は、預入れの直後から被控訴人らが保管していた。)、また、右手続には本件各定期預金口座開設の際に使用した被控訴人らの印鑑と似た別個の印鑑を使用したが、窓口で応対した行員は、徳川が本件各定期預金の預入れの際に窓口に来た者であることを覚えていたことから、同人が本件各定期預金の預金者であると判断し、通常は、定期預金を総合口座の担保とする場合は、申込者に定期預金の通帳を提出させ、その表紙の裏側にある「富士総合口座定期預金・担保明細帳」の欄に担保とする定期預金の口座番号等を記載して確認印を押す扱いになっているのに、本件各定期預金の通帳の提出を徳川に求めず、かつ、同人が申込書類等に押捺した印鑑の印影も本件各定期預金口座開設の際に使用された印鑑の印影と同一のものと判断して、右総合口座開設等の手続に応じたこと、その後、徳川は、右総合口座の通帳と同口座開設の際に届け出た印鑑を使用して、当座貸越契約に基づき、総合口座の預金額を超える金額の払戻しを受けたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。

(三)  右に認定した事実によれば、徳川が、被控訴人ら名義の各総合口座を開設し、本件各定期預金を当座貸越の担保とする手続をした際、控訴人の担当者が徳川を本件各定期預金の預金者本人であると判断したのは、同人が前に本件各定期預金を預け入れた時に窓口に来た者であることと、右の際に使用された印鑑と同一と思われる印鑑を所持していたことにあると考えられるが、預金の預入れのために窓口に来た者が常に真の預金者とは限らないから、預金の払戻しや担保設定等に当たっては、届出印鑑と預金通帳によってこれを確認することが原則として必要であると解される。本件においても、徳川が真の預金者であるかどうかを判断するためには、本件各定期預金の通帳の提出を求めることが確認手段として必要であったというべきであり、控訴人において、徳川が右預金通帳を所持するかどうかを問うまでもなく、同人が本件各定期預金の真の預金者であると信じることができるような客観的事情があったとも認められない。

したがって、右の確認手段を講じないままに、本件各定期預金を右各総合口座の当座貸越の担保とし、その総合口座の通帳と同口座開設の際に徳川が届け出た印鑑を使用してされた控訴人主張の各貸付け(払戻し)については、右印鑑の印影と本件各定期預金の届出印の印影との近似性の程度等を問題とするまでもなく、控訴人の担当者において、金融機関として通常要求される注意義務を尽くしたものと認めることはできないといわざるを得ない。

そうすると、控訴人の相殺の主張も採用することができない。

二よって、原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官権藤義臣 裁判官石井義明 裁判官寺尾洋)

別紙相殺債権の表示

第一 被控訴人 村山欽一

一、自働債権

金二、一九九、〇五八円

平成二年二月二一日総合口座当座貸越契約による貸付金(貸越金)

元金 金二、一九五、二七〇円

利息 金三、七八八円

但し平成五年八月一六日から同五年九月六日まで年三%の割合

二、受働債権

金二、五三〇、九八八円

被控訴人村山欽一名義

口座番号 一五四七五八三

元金 金二、五〇〇、〇〇〇円

利息 金三〇、九八八円

但し平成二年二月一五日から同五年九月六日まで年2.75%の利息

第二 被控訴人 村山公子

一、自働債権

金二、一六三、三三六円

平成二年二月二一日総合口座当座貸越契約による貸付金(貸越金)

元金 金二、一五九、六〇九円

利息 金三、七二七円

但し平成五年八月一六日から同五年九月六日まで年三%の割合

二、受働債権

金二、五三〇、九八八円

被控訴人村山欽一名義

口座番号 一五四七五八三

元金 金二、五〇〇、〇〇〇円

利息 金三〇、九八八円

但し平成二年二月一五日から同五年九月六日まで年2.75%の利息

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